ずっと悩んでいたわけです
- 2015年10月4日
- 読了時間: 3分
本当にずっとずっと、といってもたぶんここ1年くらいっていう短い時間なのですが。
でも、自分にとって地獄の中に一生いるままなんじゃないかってくらい辛い葛藤の時間でした。
自分にとって絵は楽しいものであり、唯一自分の思うものを人に伝えられる形にできるものであり、とても尊いものでした。
なんせコミュ障の口下手やろうなもんですから、自分が楽しんで描いたもの、伝えたかった事や色を表現して人に何かしら思う気持ちを芽生えさせることができたら、それが自分にとって一番何より嬉しいことでした。
絵はいろいろな意味で私にとっての全てだったんです。
でも、それは自分の目に見える範囲の、目に入れたい事だから。結局は狭い自分の視野範囲のことでしかない。
それは自分にとって都合がよかった世界の見え方なんだってことと、それいがいの広い殻の外はどんなに頑張って描いて訴えても、「かわいくないから」「すきじゃないから」で切り捨てられる世界もあるんだってことを受け止めきれない我侭な狭い自分がいるってこと。
そのことに気づき、「このままではダメだ」って気持ちと「なんで」って気持ちと、「いままでを返して」って気持ちでごっちゃになって今まで自分はどういう気持ちで書いていたのかとか、なにを表現したかったのかとか、全部忘れてただひたすら打っても帰ってこないボールを待ち続けるみたいにがむしゃらに書き散らしていました。
本当になにもわからなくなるまで。
でもそうして、気づいたことは、「いままでも今も何もかけていなかった自分がいる」って、大事なことに気づけたんです。
きっといままで心のどこかで「まだ人より少なからず描けているかも知れない自分」に安心して成長をやめていたと思うんです。
心も絵も
ずっとずっと長い葛藤を経て、自分に足りないものは、自分の絵に無いものは、なんだろうってずっと探していろいろなものを見たりしました。
いくら描いても、いくら周りの人を変えたりしても、結局自分の中にある大きな不安と敗北感は消え去る事がありませんでした。
本当に恥じも外聞も全部捨てて、絵に詳しい友人や家族、尊敬する絵師さんの言葉に耳を傾けたり、じぶんが足りないと思うところを描きなぐってみたりして、本当にたくさん遠回りしてようやくぽっかり開いた穴にふさがるものが見えてきて、安心しました。
自分に足りないものは知識でも色彩能力(?)でも、キャラ構成でもデッサン力でも、デフォルメに落とし込む力やストーリー構成力でもなんでもなくて、視野なんだって。
描くための視野じゃなくて、「自分の身の回りを見てどう自分の中に落とし込んでいくか」ってのが圧倒的に足りなくて、簡単にいえば自分って物と自分って言うものを取り囲む周りを見れてなかったからなんだって。
絵を通すことでしか、そういうものが認識できなくて、絵の評価(とはちょっと違うけど)が自分の世界のすべてだったから、そうじゃなく、純粋に「みる」力が無いんだなって答えにやっとたどり着くことが出来て、本当に嬉しいと思った。
ちゃんと自分の目で見て、判断して。
そして自分の見たものを感じたことと結びつけて、「(いろんな意味で)こういうのあったらいいな」を作り出していこうかなと感じることが出来た。
ほんと、やっとハンター試験の試験会場にたどり着いたような心境です。
これからもっと、今までの辛いこともひっくるめて見れない描けない自分を「見て描ける自分」にしていきます。
















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